ひとつの料理を取り分ける

先日、横浜在住のソワニエご夫妻にご来店頂いて、その際「一皿の料理を二人で取り分ける食べ方ってどうよ」って話になり、私を含めた三人でディスカッション(楽しい議論)に発展した。

「ソワニエ」というのは常連客っていうのとちょっと違う。たくさん来店すればソワニエ、というわけではない。なにが違うのかというと、ソワニエは基本、店の良い所だけでなく、悪い所も受け止めてくれるお客さんのこと。したがって、店側もそれに甘えないことが重要だ。お互いをリスペクトしていて成り立つのがソワニエです。フーディーとはちょっと違うね。

 

今回ご来店頂いたHさんはガストロノミーの世界を知るソムリエ。多くのダイニングを歴任してるユーモアと博識のあるHさんは、私のような一匹蛙にも同じ土俵に立ってくれる。すでに過去の話だけど「福岡でリラダンフェアーをやろうよ」とHさんから連絡が来て、でも企画が叶わなかったのは言わずもがな2020年の5月。ダイヤモンドプリンセス号から始まるバイオハザードに世界中が恐々となり始め、リラダンも「計画営業」を強いられることになる。

 

フランスのレストランでパルタジェ(取り分け)は見かけない。相手の料理がどれだけ魅力に見えても「ちょっとちょうだい」とは言わない。真剣に選んだ料理だから同席者におすそ分けすることも無い。

「私の皿を見て。おいしそうでしょ」と自慢するのがフランス。個々の皿で提供するスタイルであるロシア式サーヴィスがフランスで定着したのは、派手な大皿で提供するフランス式サーヴィスだと料理が冷めてしまうからだ。大皿から取り分けられたアシェットの料理をさらに取り分けるという発想はそもそもフランスには存在しないのである。

 

日本人は個室を好むけど、フランスではホールのド真ん中が特等席。だからリラダンでも最初のお客さんは真ん中の席にご案内している。ギャルソンが歩き回ってて呼び止めやすいし、自分の料理を廻りの客に自慢できる。パリのビストロで私と目が合ったマダムは、料理を口に運んでみせて私にほほ笑む。わっちはイチコロよ。

 

Hさんはパルタジェ否定派。一方、奥様のAさんは「ちょっとちょうだい」派。私はパルタジェにした料理を二皿に盛り付ける。

Aさん:「ヤッタ!」

Hさん:「シェフ、甘やかさないで(笑)」

私:「フフ」

 

物事は総じて、知っててするのと知らないでするのとは違う。例えばイタリア料理でジェノベーゼっていうパスタがあるけど、大半の人がバジルと松の実を使った緑色の料理だと思ってる。イタリアではジェノベーゼを注文すると牛肉と玉ねぎを煮込んだスパゲッティが出てくる。これは昔、ジェノバのクオーコ(料理人)がナポリの職場でまかないを作った時、それを食べた皆が「コレうまいな。おまえはジェノバの人間だから、このパスタをジェノベーゼって名前にしようぜ!」となった。一方、みんなが知るバジリコペーストのパスタは「ペスト(Pesto)」っていう。余談だが、フランス料理で「ピストー」という名の似たソースがある。

 

この群馬で何人のクオーコが、知ってて緑色のジェノベーゼをお客人に提供しているか。

そういう話。

 

「呑まないからワインは要らない」って言う人を含めて、フランスを知ってほしい。

 

 知った上で、パルタジェも有りだと思う。