1ér 「木靴職人」

群馬は海無し県って言われるんだけど、

私は「海?」って、いつも笑う。

高崎インターから2時間あれば太平洋に出られる。海まで600キロもあるパリでさえ、獲れたての魚介類は朝のマルシェに並ぶ。カステルノー・リヴィエール・バッス村からスペインのサンセバスチャンまでの500キロを、

グザビエ:「すぐそこだよ♡」

サラッと言っちゃってさぁ。朝5時にプジョーのミニバンでクロディと私の三人で出発。途中のビアリッツを通過したらもうすぐだ。昼食前に散歩した海辺で潮の匂いを嗅いでる私に、グザビエが群馬の場所を尋ねてきて、

私:「トウキョウから車で1時間ちょっとかな」

グザビエ「(東京の)隣りだね」

その時は「そうだね」って笑ったんだけど、フランスの人からすれば数百キロの距離は “ すぐそこ ” なんだよね。グザビエに言わせれば、日本はどこに住んでも海はすぐそこってワケ。それからは、私がフランスで群馬の場所を説明する際は「アコテ ド トウキョウ(東京の隣)」って言うようになった。

私が日本に帰国したきっかけは、ブルターニュでレストランを営んでいたドミニクさんのとこで働くことが叶わなかったから。

1年も居なかったフランスだったけど、思えばかなり濃いフランス生活だったし、帰国後もグザビエとは連絡取り合ってた。2011年の東日本大震災の時は、グザビエの娘のフォーフォ(フォースティーヌ)から心配する電話がきてうれしかった。その時はフォーフォも子供が生まれててお母さんだったし、ダンナさんとは電話で「アンシャンテ(初めまして)!」って言葉を交わしたんだけど、私の語学力も地に落ちたことを痛感したんだよね。言葉って使わないとダメね。

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前述通り、ブルターニュはパリから600キロ離れた場所。今でこそフランスの一部だけど、ゴーガン(Paul Gauguin)ら当時の画家からすれば異郷の地であり、そこはフランスではなかったのである。同じ海辺でも南フランスのそれとは全然違って、打ち寄せる波は荒く、岩肌は人を寄せ付けようとしない断崖絶壁が続く様相。言葉は純粋なフランス語ではなくてブルトン語だし、民の着る服装もなにか違う。女性は皆「コワフ」という、白い変わった形のものを頭に覆っている。

コワフが頭を覆う帽子だとすぐ連想できたのは、フランス語で美容室のことをコワフュールっていうから。私も在仏時、当たり前だけど髪の毛伸びるから髪切りにいくんだけど、ボウズにされたら嫌だから「パ・クー・シルヴプレ(短くしないで)」

って最初に言う。初めて行ったのはコンチノン(フランスのショッピングセンター)の中にあるヴィダルサスーンの系列店。次に行ったのはトゥールーズに在った街場の美容室。どこに行っても仕上がりが素晴らしかったので、さすがフランス!感心しきりだったのを思い出す。まぁでも、雑だったのは玉にキズなんだけど。人のアタマをキャベツかなんかかと思ってンじゃねぇだろうな、って感じでつかまれてね。でもカッコよくカットしてくれる。普通、美容師さんの海外修業っていったらニューヨークとか英国とかだと思うんだけど、違う?フランスへ行く美容師さんっているのかなぁ。。ちなみに、フランス語が得意でなかったり、フランスの美容室に入る勇気が無い日本人向けに、在パリの日本人美容師さんが電話一本でカットしてくれるんだよね。オヴニーっていう、在パリ邦人向けの日本語情報誌が月2回無料で配布されてて、そこにはパリのアパート情報とか、おいしい日本料理屋さんを紹介してたりとか、自炊向けのプラ・ドゥ・ジュール(料理)の作り方とか仕事の紹介とかいろいろ載ってて、そこに美容師さんの連絡先が書いてあったりする。実はずいぶん前、リラダンにもオヴニーは配布されてたので、なつかしー!って言ってお客さんが持って帰ったりしてた。

木靴っていうのはブルターニュ地方独特の、木材で出来てる靴。ゴーガンはホント、この靴が好きだったんだねー。自分でも履いてた。この木靴でコツコツ音を鳴らして歩くのが楽しくて、友人にその想いを手紙に書いてる位だ。この原始的といえる木靴によって、文明から遠く離れたタヒチへゴーガンを向かわせたのは自然な成り行きだったのだと。愛知県美術館所蔵の「木靴職人」は2013年にも東京の国立新美術館へ貸し出されていて、当時の解説でそう記述されている。

 

1888年 油彩/カンヴァス 58×49cm

Paul Gauguin