「屋号」 を語る (店名リラダンの読み方)

正月も終わり、

日常に戻ったリラダンは、いつものように営業中の電話は留守番メッセージが流れる仕組みになっている。

 

"ハイ、フランス料理リラダンです。ただいま営業しておりますので時間内にご来店ください。早めに閉めることもあるので遅いご来店はお勧めしません。その他のご予約お問い合わせは営業時間外にてご案内しております”

 

なぜ電話に出ないのかって?それはご着席のお客様を優先しているのと、仮に電話に出たとしても「今日ランチやってる?」「今から2名で行きたいんだけど」などの内容が大半だから。すぐ終わる電話内容であれば出てもいいんだけど、なかなか切ることができないケースも多くて仕事がストップしちゃうのよ。電話に出てもメッセージとおんなじこと言うしか無い。

リラダンでは当日のランチ予約はできないことにしていて、理由は、電話一本で席を確保することによって、直後にご来店頂いたお客様がご利用できない。そんな理不尽な話は無いのである。逆に、前日までにご予約頂いている場合は当日ご来店頂くお客様よりも優先すべきだと私は考えているし、「これから行く」というのは予約ではない、と思ってる。

先日、ランチが終わった午後、

ムッシュ:「あのね、孫が"フランス料理食べたい”って言うんで電話したんだけど」

私:「お孫さん、おいくつですか?」

ムッシュ:「ええっとね、中学生っ」

私:「ウチは20歳からのご利用となっております」

ムッシュ:「あっそうなの。他にどこかいいフランス料理店知らんかね?」

私:「ウチよりおいしいフランス料理店は群馬に無いと思いますよ」

ムッシュ:「え?ああ、、」

私:「どこに電話しても私と同じこと言うと思いますけどね (笑顔)」

ムッシュ絶句しちゃった。そんなこと言われたら電話切るしかない。まぁ一軒だけ心当たりがあったけど。ヒロ、お前んとこ中学生から利用できたよな?ゴーミヨにも載るし。あ、まだ誰にも言うなっていってたっけ。

 

フランス料理店は大抵、店名にフランス語を使うんだけど、意味を知るとなるほど!と思う店名や、ニヤッと微笑んでしまう名前が多い。往年の名店で例えると、

ロオジエ(柳)。銀座の並木が柳の木だから。発音的には"ロジエ”が近いかな。

レカン(宝石箱)。その名の通り、店内の内装が宝石箱みたいにキラキラしてる。発音的には"レクァン”。フランス人が発音すると確かにレカンって聞こえるかも。

オーシザーブル(六本の木のそばで)。場所が六本木だから。

シェ・フィガロ(フランスの新聞フィガロ紙)。シェは誰々ん家っていう意味。"フィガロの家”。これは入部ムッシュが、まだ当時日本でフランス料理=ホテルの時代だった頃、街場のオーナーシェフとしてフランス料理店を開業し、「ここから発信していくんだ」という想いが込められている(と思う)。

 

パティスリー(菓子屋)の名店で例えば、

オーボンヴュータン。シェフの河田さんが作るフランス菓子はトラディショナルで、フランスで古くから存在する伝統菓子。店名は"古き良い時”という意味。まさにそのまんま。

イルプルーシュルラセーヌ。シェフの弓田さんは日本フランス菓子界で河田さんに並ぶ重鎮。草分けである吉田菊次郎氏を師と仰ぐ人だが、私に言わせれば神様が神様を敬ってるみたい。弓田さんは詩人でもあるんだけど、店名はまさにポエティック。"セーヌ川に雨は降る”という意味。

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ここグンマでは店名にダジャレが多いと感じるのは私だけだろうか。同じニヤッと笑うにしても失笑の部類に入る。フランス語にしても文法的に間違っていることが散見される。いつだったか、どこかのショッピングモールで「プチ・メゾン」というショップを目にしたけど、フランス語でプチは「小さい」メゾンは「家」だから小さな家っちゅー、マジで安易な決定。よくまあ大きな会社さんで稟議に通ったね、感心するわ。フランス語では名詞形容詞共々"男”と"女”が存在していて、男性名詞には男性形容詞、女性名詞には女性形容詞が付くのは鉄則。例えばフランス語で「新しい」はヌーボーっていうんだけど、ボジョレ・ヌーボーはその通り"新酒”。ワインは男性名詞なのでヌーボーで良い。一方、同じ新しい場合でも女性名詞の場合はヌーボーではなくヌーヴェルと変わる。例えば、今まで無かった趣の映画の時代が来ることを"ヌーヴェル・ヴァーグ”って言うんだけど、ヴァーグは「波」のことで、新しい波っていう意味。「波」は女性名詞だからヌーヴェル。で、件の話に戻ると、「家」は女性名詞なので、小さな家をフランス語でいうと「プティット・メゾン」が正解。プチは男性名詞に使用する形容詞だ。私がシャチョーだったら、頭に女性名詞用の定冠詞を付けて「ラ・プティット・メゾン」っていう店名にするかな。どう?イイ感じじゃない?とはいえ、わかってるけど言いづらいからプチメゾンにしたとか、造語だという理由も有り得るけど、ちょっと苦しいイイワケかな(笑)。

ロアラブッシュ。著名なシェフお歴々が務めた名店。私の恩師もそこに名を連ねる。店名の意味は「よだれ」

あたごおる。30年前、今ほど都会でなかった恵比寿の、木造建ての一階に2坪ほどのフランス料理店だった。トマトのジュレを食した私が味に感動していると、シェフの田辺さんに「どうやってジュレにしているかわかる?」って訊かれた私。

私:「トマトのタネの部分の、トロッとした所を使っているんですか?」

田辺さん:「おしい!」

緑健のトマトを皮付きのままオーヴンでロースト。そのまま冷やすと自然に固まるんだよ、と教えてくれた。わざとひらがなにした所がセンスいい。フランス語で「あんたの口へ」という意味。田辺さんはその後、ヌキテパというレストランをオープン。これまたフフッと笑っちゃう。フランス語で「少々お待ちください」という意味。電話で待ってもらう時によく使う言葉、ヌキテパ・シルヴプレ。 直訳は"その場を離れないで”。田辺さんは両方の想いを店名に込めたのかな?

 

ラ・ロティスリー・ダン・ファッス。セーヌ川から道ひとつ入った路地に、一つ星ジャックカーニャがセカンドとして経営していたこの店は、本店から歩いて10数歩の場所。ジャックカーニャで食べる一皿の価格で食事ができる。11月の寒いパリ。ソシエテ・ジェネラルのATMで500フラン出金して入店。一つ星の味を気軽に楽しめるお得感満載のレストラン。入口のスタンドにコートを引っ掛ける。背の高いメートルドテル(182cmの私が見上げる)が来て、テーブルへ。

支配人:「なにか食前酒をお飲みになりますか?」

私:「うーん、キールをください」

キールと一緒につまみが出てくる。黒コショウの効いたソーシッス・セック(サラミ)が10枚位。楊枝が三本刺さってる。コレをやりながら、ゆっくりメニューを眺める。

支配人:「お決まりですか?」

私:「はい、まず、ジェジエのコンフィ ポーチドエッグ、クルトン、ルーコラのサラド。メインにはジャックカーニャのおばあちゃんのルセットゥの"コションのロティ”をお願いします」

メートルドテルは目でニッコリ。

支配人:「なにかお飲みになりますか?」

私:「グラスワインの赤をください」

支配人:「赤は何になさいますか?ボジョレ・ヴィラージュとボジョレ・ヌーボーがありますが」

私:「うーん、それじゃあ、、、ボジョレ・ヌーボーを」

支配人:「お水はお飲みになりますか?ミネラルウォーター、、」

私:「ああ、それには及びません。普通の水でけっこうです」

支配人:「かしこまりました。普通の水で。ムッシュウ、フランス語が大変お上手ですね」

私:「ありがとうございます(笑顔)。それと、食後にチーズを食べます」

支配人:「わかりました。チーズですね」

私:「以上です」

支配人:「トレ・ビアン、ムッシュウ」

ジェジエというのは鶏の砂肝。フランスではコンフィに仕上げて白いラードで埋まった状態で売られていて、ジャックカーニャのそれはやわらかく、もちろん自家製だ。でもクロディが市販のジェジエをカリッカリにソテしてくれたほうが好みかな。そう思いながらナッツが香ばしい全粒粉のパンにバターをたっぷり付けてジェジエと合わせると、いやいや、最高です。

コションというのは仔豚のこと。両手に載る大きさはコション・ド・レ(乳飲み仔豚)。それよりもう少し育った仔豚である。日本では大きく育てて売るので、フランスのように仔牛仔豚としてリリースするなんて利益が出ない、という考え。ハーブを塗って、ロールに巻いてフィスレ(糸で)してロースト。ガルニチュールはシャトーに型どったジャガイモと小さめのトマトをローストしたものにパセリを添えて。コションの皮って、薄くてパリッとしてるし、白い肉は相当柔らかいのよ。コションってホントうまい。ここでもう一度赤を注文。

食後のデザートにはシェーヴル(山羊チーズ)とブリー・ド・モー(牛チーズ)。チーズの状態はカンペキ。残ったワインと共に。その後、エスプレッソで終了。

入店時は半分位の入りだったけど、21時を過ぎる頃には満席。席でチェック。305フラン。日本円で7,000円くらいかな。安っ。ちなみに本店ジャックカーニャでは前菜ひとつ270フラン。外に出て、夜のセーヌ川沿いを歩いてみる。夜のパリはやっぱりきれい。ワインのおかげで寒さもキツくない。バトームーシュが流れていく。。

店名は「目の前の焼き肉屋」という意味。こんな店もいいよねっていうジャックカーニャ氏の粋な計らい。

外国へ行くとよく言われるのが「水道の水は飲むな」。要するに日本の軟水と違って硬水だからおなかを壊すという、私に言わせると都市伝説ってやつ。そうね。そういう国も有る。私がトルコのイズミールに行く際、フランス人から「生サラダと生水は絶対口にするな」と言われてたので、「どーせ金払うんなら」と、私はビールばかり飲んでた。

レストランでは確かに有料のミネラルウォーターが用意されている。黙ってると勝手にガス入りウォーターが出てくる位だ。だが、地元のフランス人はチコちゃん同様知っている。レストランには"冷やされた無料の水が用意されている”ことを。

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西暦825年。外国の侵略に対し、フランス王がパリの周りに要塞を築く。

1014年。国王ロベール二世は領主に城を与える。領主の名は Le Seigneur Adam。

このAdam1世は自分のことを Adam de l'Isle と名乗り始める。

1219年。領主になったAnsel Ⅲ世はそれまで「Ansel de l'lsle」と名乗っていたけど、1226年頃から「Ansel de l'Isle-Adam」を名乗るようになる。そののち、領主の暗黙の了解なのだろうか、人々は地名として「L'Isle-Adam」を使うようになったのだった。

 

Ansel d’Adam de l'Isle (アンセルダダンドゥリル)というのは言い辛い。領主はdeが続くのを嫌って、倒置法を用いてl'Isle-Adam。「アンセルドゥリラダン」スッキリした名前にしたんだろうね。倒置を意味するこの記号( - )はトレ・デュニオンという。

また、定冠詞の次が母音で始まる場合、前の母音字が省略されてアポストロフ( ' )が付くエリジオン(母音字省略)が発生して「リル(L'Isle)」と読む。

Isleは「島」という意味。みんながイスルと読みたい気持ちは解るのだが、この「s」は発音しないので「イル」と読む。どーせ発音しないんだったら「s」要らないじゃん!とゆーワケなのかどうかは知らないが、「Ile」も島という意味で辞書に載ってておもしろい。

"リル” と "アダン” はリエゾン(連音)されて「リラダン」と読む。

実は私の遊び心が店名に潜んでいる。気付いてる人居るだろうけど「isle」小文字にしてる。大文字のままだとエル(L)なのかイ(I)なのか分からないから小文字にしてみた。いいじゃない。

 

ちなみに当店の屋号にフランス語で「キュイジーヌ・フランセーズ」と添えているのは文字通りフランス料理店だからなのだが、「c」の下にヒゲのようなアクサンが付いている。これはセディーユといって、このアクサンが付くと「セ」と発音する。

 

「L’isle-Adam」には、フランスの歴史と文化が凝縮されている。

 

リラダンがそういう店になれたらいい。そう思う。

 

おわり