「フロマージュ」と「チーズ」

夜が明けてきた。

 

前回「フルコースを語る」の中で書かなかったのはフロマージュ(Les Fromages)。お気づきになられた人も居らっしゃると思うが、フランスでは食後、「デザートとしてフロマージュを食べる」。実をいうとフロマージュは主菜の後か、デザートの後かに分かれる。したがって今回、"別枠" として取り上げたい。

チーズ。嫌いな人もいるけど、おおむね世間では受け止められている。チーズバーガー、ピザ、グラタン。列挙すればキリがない。これらはおおむね加熱調理に使用されている。他には?そおっすね、いわゆる"おつまみ"。おつまみっていうと、お酒と共に食前にカテゴライズされる印象だ。チータラとかあるしね。これらおつまみ系のチーズ類もほとんど加熱加工されている。一方、フロマージュと呼ばれるものは総じて非加熱モノの為、熟成も進むので味わいが変化していく。買い物へ行くと、これらが混在されて陳列されているから、ささやかな誤解へと発展していく。

フランスでは友達が集まって、手っ取り早くワインとチーズ、パン、それだけっていうのもある。ここで議論になるのが、レストランではどーゆー扱いになるかという話。フランス人は主菜が終わった後、デザートにフロマージュを選ぶことが多々ある。甘いデザートにする人も居れば、デザートとフロマージュ、という人も居る。昔リラダンでは、コースの最後はどちらか選べる設定にしていたのよ。懐かしー。で、フロマージュを選ぶ人はワインをちょっと残しておく、、というのがミソ。

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だから、食後のフロマージュというのはコースには組み込まない。それに、フランス人すべてがフロマージュを所望するわけではないし。好き嫌い以前に、主菜が終わった時点でおなか一杯だという人も居るから。ここでフランス料理店ではサーヴィスがお客に「チーズは召し上がりますか?」と尋ねる。いただきます。すると担当のサーヴィスがワゴンに載せた、ケーキと見紛うかの如く、目移りしちゃう魅惑のフロマージュを登場させる。一種類でもいいし三種類でもいい。欲張って五種類頼んで往生したことも今ではいい思い出だ。ただ、、

私もね、若かりし頃この"感覚"が理解できなくてね。で、フランス渡ってフランス人に交じって食後にフロマージュをたしなむ。するとどうしたことか食後にフロマージュを食べたくなる。もうフロマージュ無しでは考えられない。もし冷蔵庫にフロマージュが切れていたらウロウロしてうろたえる。え?この感覚って新鮮じゃない?オレどうしちゃったのよ。私は仕方なく、仕事で使うスイスのチーズ、グリュイエールを取り出し、ワインを手にする。ブリヤ・サヴァランが「デセールにフロマージュが無いのは片目の無い美女みたいなもんだ」と暴言を吐いたのは誰でも知ってる逸話。

酒がダメな人からは異論が出るかもしれないのを承知で申し上げると、フロマージュにワインは欠かせない。なぜかというと、あれだけ凝縮されたうま味のかたまりを口に入れ、しかも数種類のフロマージュを交互に愉しむには、水やジュースでは口の中をリセットできないからである。フロマージュと対等に渡り合えるのはワイン。巷では日本酒や焼酎などとのマリアージュも提案されていて、それはそれで興味深いのだが、やはり原料がブドウ汁100パーセントのものと、その地で作られているフロマージュの相性はテッパンなのだ。コメ料理の鮨にはコメ原料の酒。それと同じ。ワインを出す寿司屋もあるけど。若い頃、フランスのフロマージュを愉しんでる際に手元のビールを口にした時の衝撃。この相性の悪さは今でも忘れない。

 

で、フランスでもチーズは必ず食後だという決まりは無く。例えばヤギのミルクで作るシェーヴルは前菜として出てくるし、グリーンサラダに硬質チーズをどっさり盛ったのとか、グザビエと食べた「ラクレット」。ラクレット器絶対買って帰ろう!って思ったもん。仕様が違うから日本じゃ使えないのに(苦笑)

あの頃はまだまだ日本でも知られていない料理だった。道具も無かった。現在では日本仕様のそれが手に入るのだが、ボラック家のラクレット器と同様の物は今でも見かけない。円の形をしており、放射状に小さなフライパンが6枚程差し入れてある。上部には茹でたじゃがいも、ソシソン(ソーセージ)などを温めて、、

ここ群馬県でもフランスのフロマージュは食べられるんだけど、おなじチーズなのに、フランスのそれと比べておいしさが違う。どっちもおいしいんだけど、なんか違う。不思議なんだけど、実は不思議じゃなくて、気候も風土も違う日本に渡ってきた時点で、日本の菌と作用するのだろうか。ホントウのフランスのチーズは、やっぱりフランスへ行かないと味わえない。そう思っている。ボラック家で食べたフロマージュ、じゃがいもとソシソン。あのラクレットと同じ味を日本で探しても無理な話なのである。驚く私を見たグザビエが微笑んでいたのを今更思い出す。鮮魚じゃ負けねぇけど、乳製品はフランスにはかなわない。

白カビとか青カビ、ウォッシュ、セミハード、シェーヴル、ブルビなどの話はまた今度にして、ここではレストランでのチーズ事情に焦点を置こう。俗に言うフロマージュ・プラトー(Plateau de fromages)、一見華やかで、パーティースタイルでは前菜の位置付け。ただ、フランスでもコレでパーティーにするので、決して間違いではないのだが、フランス料理店では、食事の"前"にこれらフロマージュを食すことは有り得ない。デザートを先に食べないでしょ?それと一緒。

こういう、非加熱で菌が生きたままで、熟成が進んで味わいが変化していくフロマージュは"野菜や果物"だと考えればいい。賞味期限なんて無いし、知らないカビが生えてきても捨てちゃだめ。中はクリーミーでおいしくなってるかもしれないし、ピリッとしてるかもしれないし。どこがおいしい瞬間なのか、もうおいしくないのか、どの部分が自分の好みか、中心部?皮に近いトコ?今が食べ頃なのか、いやあと数日置いたらメッチャおいしくなるかも。食べる時"皮を剥く"のか"皮ごと"食べるのか。どっちも大丈夫、たべられます。リンゴだって大根だって皮ごと食べられるし、皮を剥いてもいい。口にさわってジャリジャリするのであれば、トロッとした中身だけ食べてもいいんです。フランス人もそうやって食べますから。あ、フランスではキュウリの皮は食べません。固くて食えないから必ず剥きます。

経験値は上がっていく。漬け物みたいになって、食べ手の評価が分かれるのもおもしろいよね。

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ずいぶん前から、リラダンではこのフロマージュ・プラトーをメニューから外している。お客さんが「前菜」として注文しちゃうんです。食事の前にあのような非加熱チーズを胃に入れるとお腹が落ち着いてしまう。甘いものと同じで、食後に食べる方がいい。理にかなってるんですよ。

フランス料理店でフロマージュ・プラトーを置かないレストランはおそらくウチくらいではないでしょうか。ブリヤ・サヴァランだったら怒り狂うかも。その代わりというワケではないんだけど、赤城山でヤギを育てる熊井さんが作る、ギャルソンチーズ工房のシェーヴルをリラダンでは定番で置いている。日本で食すフランスのシェーヴルより熊井さんのシェーヴルのほうが旨い。熊井さんの技術と日本の気候。リラダンでは、前菜でも食後でもご提供オーケーです。

 

 

つづく