ジビエを語る

ジビエ。

フランスを代表する食文化である。秋から冬にかけてが旬。鹿、猪、兎、ベカス、、

挙げればキリがないが、要するに人間用に飼育された動物ではなく、自然界の生死にしのぎを削って生きる

ケモノ達を食す。

海の中であれば、天然モノが市場にあふれている日本でも、さすがにジビエが街場で売られるフランスとは

違う。そういうのを、料理人が手掛けるということは、フランス料理を生業とする私にとっても、避けては

通れない道だった。

フランス料理店で高級食材というのは数有る中で、ジビエは欠かせない。その中でも鹿肉などは別格だ。

あれこそジビエの王様といえる。←私の場合

鹿の頭と両足、内臓を取り除いただけの状態のものが厨房に届いた。皮は剥いである。あ、私が21歳の頃の話。

肉の色は黒に近い赤で、脂身も少ない。指でなでるとネットリしていて、かすかに血の匂いもする。そういう

のを、

 シェフ:「コレやっといて」

 私:「はい、、」←やったことがない

「できません」とか「どうやるんですか」とか、そういうセリフを吐くと「じゃあいいよ」って言われちゃう。

やるしかない。それだけ。やってるうちに覚えなければならない。私はまだほとんど使ったことのない骨すき

包丁を手にし、恐る恐るデゾッセ(肉から骨を外す作業)にとりかかる。

途中、どうしてもわからない。大切な部位を切り刻むことになりそう。意を決してシェフに尋ねる。意外にも

シェフはどれどれ貸してみろとやってみせてくれる。なんだぁ、もっと早く訊けばよかった。。

そういう経験は、この歳になってもフレッシュな記憶として頭に残っている。良い師匠についた、と思う。

 

その後、三度目の渡仏の時。当時私はアラサー世代、20代も終わりの頃である。修業のほとんどを日本で積んでいた私。渡仏していきなり厨房入りしてもそれほど困ることは無く、逆にシェフからルセットゥ(レシピ)を聞き取る際に仏語でメモを取る私に感心されたうれしい思い出がある。経験積んでから渡仏してよかったぁ。で、ドゴール空港から私の運転するプジョーのミニバンで向かったのは、パリから北にあるリラダン市。そこにあるゴルフ場でモグリで働き始めた(要するに不法就労)のが6月頃。ゴルフコースでは野生のイノシシがミミズを食べに出没。グリーンを牙で掘り返してしまうことに支配人が頭を悩ましており、とうとう業を煮やして猟師にイノシシ退治を依頼したのだった。実は、フランスではこの時期まだ禁猟で、ジビエが解禁するのは秋からなのは皆が知るところ。そんな中、秘密裏に仕留めたイノシシは成獣前の重さ40kg程の個体。レストランのシェフと私の二人で解体することになり、人目の無い裏庭に白いベッドシーツを張り巡らせて作業を開始する。逆さに吊るしてからまずはエテット(頭を落とす)し、上に吊るされた足首にぐるりとナイフを入れ、下に向けて皮を剥ぐ。おなかを割き、内臓を引きずり出す。。

 

まさかお客に出すワケにもいかないので、マンジェ(まかない)にしようということになったのだが、この仔イノシシ、実は足に怪我をしていたことが判明。あえなく処分することになったのである。怪我をしているケモノは病気を持っている可能性があるからだとのこと。なるほど。さすがフランス。しっかりしてる。。

 

鹿肉は背肉が最高だ。フィレもいいが、やはりロース。

骨やスジはミルポワと共にオーヴンでこんがり焼いて、フォン・ド・シュヴルイユを取る。小鍋にグラニュー糖

と少量の水を入れて火にかけ、カラメル状に焦がし、黒コショウのミニョネットを加え、色止めに赤ワインビネガー

を注ぎ、ガストリックを作る。これをフォンに入れ、ソース・ポワヴラードを作る。このままでもいいのだが、

これにスグリのコンフィチュールをアジュテし、ソース・グラン・ヴヌールに仕上げる。

鹿肉は通常、獣臭を和らげる為にマリナード・キュイットという赤ワインとヴィネガー、ミルポワと共に一度

沸騰させて冷ました液体に漬ける。これを昔は4、5日漬けたのを時が経つにつれて2日、1日、、と短くなり、

今ではむしろマリナードに漬けずにそのまま冷蔵庫でフザンタージュ(熟成)させただけで使用することが増えた。

こういう鹿肉をロゼにロティールし、ソースと赤い果物、洋ナシや根セロリなど野菜のピュレをガルニチュールにする。

ああうまそう。作りたくなってきた。が、、

 

近年、ジビエと肝炎ウィルスの関係が取り沙汰されている。大切なのはしっかりと中心部まで加熱すればよいのだが、

牛肉のようにロゼ色に焼くことこそ、鹿肉の醍醐味が味わえると考えていた私は、ジビエから遠ざかってしまったのだ。

ある大学の研究結果で、鹿肉の約5割にE型肝炎ウィルスが存在し、寄生虫に至っては9割の鹿肉に存在するというデータが、

2年前の読売新聞で明らかになった。どちらもしっかり加熱すれば心配ないのだが、背ロースをビアン・キュイ(ウェルダン)

にするなどもってのほかだ!と大声を張り上げるワケにはいかなくなって、、

で、一気にブレーキがかかったのである。鴨や鳩、ウズラだったら安心して使えるけど、

ジビエは、ね、、

そういうワケです。リラダンでは、基本、ジビエ料理は作りません。多分、、

あ、そういえばちょっと前(数年前)、角上で和食の料理人Sさんが私を含めた数人の料理人達に

イノシシの肉を分けてくれた。ミンチ状にしたものを1キログラムほど貰って、

それを、塩と胡椒だけでステック・アッシェ(ハンバーグ)にした(もちろん中まで火を通した)。

それをお客様にお出ししたら「ものすごいおいしかった」と言われ、、

その後も「あのイノシシがおいしかった」と何度か言われて、

ああいうのだったら肝炎とか心配ないし、

また手に入ったら焼いてもいいな、とは思っている。

 

 おわり